レオ・レオーニと仲間たち:絵本にこめた思い

レオ・レオーニと仲間たち
板橋区立美術館(東京都板橋区赤塚5-34-27)
2024/11/9→2025/1/13

https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001836/4001852.html

2024年11月22日(金)訪問
レオ・レオニ(1910-1999)と言えば、「スイミー」。

子供の頃に何度も読み、スイミーの言葉をよく覚えている。
「ぼくが、めに なろう」「みんな もちばを まもる こと」
小さな魚たちが力を合わせて、今まで怖くて恐れていた大きな魚を追いやるというはなし。
美しい海の中の絵と一緒に、スイミーの声がすんなりと自分の中に入ってきた。

大人になって出会ったのが「フレデリック」。
冬を前に食料をせっせと集める他のネズミたちをよそに
一人みんなとは違う何かを集めているフレデリック。
やがて冬が来て、みんなは石の間の隠れ家で集めた食料を食べる。
でも、次第に食べ物は無くなっていき、みんなの気持ちは沈んでいく。
そんな時、フレデリックが集めていた光や色、ことばがみんなの心を明るくしてくれるという話。
社会とは、希望とは、分かち合うということとは、様々なことをこの本を通して考えさせられた。

レオ・レオニは絵本作家として日本ではよく知られているが、
初めて出版した絵本はレオが49歳の時、「あおくんときいろちゃん」だった。
この時すでに、アメリカのデザイン界で成功を収めていて、
アメリカではアートディレクターとして活躍していた。
後半生はイタリアとアメリカを往来しながら、画家、彫刻家、絵本作家として、
数多くの作品を生み出した。
ちなみにレオはオランダの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、
両親の仕事の都合で、ベルギー、アメリカ、イタリア、スイスなど様々な国で10代を過ごした。

本展は生涯の制作活動を通して交流のあった、アーティストたちを併せて紹介するものだったが、
やはり関心が向くのは、レオの生い立ちや絵本作家として知られる前の活動だった。
展覧会では、レオが描いたとされる風刺漫画が展示されていた。
それを見ると、人種差別や社会問題に対する強い問題意識が伺える。
実際レオは高校時代は共産主義に興味を持ち、1930年代は反ファシズム思想を表明していた。
また本人は大学卒業後、イタリアでデザイナーとして働いていたが、
ムッソリーニ政権による差別的な人種法が交付されたことをきっかけに、アメリカへ渡る。
アメリカに渡った後も左派の政治運動に、熱心に関わり続けた。

レオは人生の後半において、自分の思いを人々に伝えるのに、
絵本というメディアが適していると気づいたのではないだろうか。
レオの絵本は子どもにも大人にも優しく、
ネズミや魚やカラスを通して分かりやすくメッセージを伝える。
レオはインタビューの中で、 ”アーティストとしてやってみたいことは色々あるけど、
絵本を制作するにあたってはそれを抑え、
ストーリーを明確にすることが最も大切なこと”と語っている。
今回の展示でレオのバックグラウンドを知り、レオがそれぞれの絵本に込めた思いが
より伝わってきた。